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二番目の問題は、それまでは中学三年の一年間で集中的に受験勉強をすればよかったのに、内申書重視になると、中学一年、二年の成績がかなり影響するため、まったく気が抜けないということです。
また、中学三年になって成績が伸びても、よい学校に進学できるとは限らないことになります。
内申書はコンスタントに勉強する子にとっては有利ですが、勉強に波のある子にとっては不利に働くことも数多くあります。
内申書で進学先を決められると、中学三年の二学期になったときには、受験できる学校が、事実上、限られているというのが現状です。
また、内申書で入試を決めるということは、上級学校の運営者の選抜の自由を奪うことでもあります。
高校進学を、高校の教師ではなく中学の教師が決めるという、奇妙な図ができ上がります。
大学に置き換えてみるならば、多少なりともプライドのある大学は、断固として拒否することでしょう。
このように、内申書を重視する入学試験は、生徒の負担を減らす役割をするかのように見えて、実は難しい問題をふくんでいるのです。
ずばり、「公平性」の問題です。
日本では、教職に就いている人たちの倫理観には、それなりの信用がおけます。
そのため、いまのところ、内申書での不正が大きな問題になったことはありません。
同じような形式を倫理観に乏しい国がとったならば、おそらく不正入試の嵐になると思います。
親のコネや寄付金、先生への賄賂によって、入試の基準がいくらでも変わるということが簡単に想像できます。
こうした不正入試をやりすぎると、国力自体が落ちてくるので、ほとんどの国では、優秀な子供を学力試験によって集めようと努力しているのです。
たとえばフランスでは、フランス革命のあと、教育方針を立てる際、入学試験に関しては、「学力によってのみ選抜される」ということを、くどいほどに強調しています。
「学力によってのみ選抜される」ということのアンチテーゼ(反対命題)にあたるものは、「親の地位と財産によって進学する」という、貴族社会におけるシステムです。
そのため、学力のみによる入学試験というものが、民主主義樹立のための基盤として持ち出されてきたのです。
一方、現在でも貴族制度が遣っているイギリスでは、親が卒業生であれば子供をその学校に入れるという形式が堂々ととられています。
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